PAULのパン


私はどちらかとういと白いご飯食べなくても大丈夫だけれど
パンは一日一回は絶対食べたいくらいのパン好きです。

それだけにおいしいパンにはかなり敏感です。
PAUL(ポール)のパンとの初めての出会いはパリにてでした。
たまたま泊まっていたホテルの近くにそのパン屋さんはありま
した。
1週間同じホテル滞在だったので気分を変えて朝食をという
ことで近所を散歩してた時にみつけたのです。一階はいかにも
パリの老舗パン屋さんという感じで木の黒い窓枠の中に釜から
出したばかりという感じの重厚そうなパンやバケット、クロワッ
サンがならびショウウィンドウにはカラフルなマカロンが飾られ
てました。二階はそのままサロンカフェになっているようで、
通りの窓からオシャレにカフェオレなんかを飲んでるマダ〜ム
などが見えたりするのでした。これぞパン好きにはたまらない
シチュエーション、パン好きの極み、パンが好きで良かった。
パン萌え、パン万歳です。

吸い寄せられるようにそのままPAULに入り店内偵察開始です。
入るや否やお店中に広がる焼きたてパンのおいしい匂いがします。
東京のパン屋さんにありがちな甘ったるい匂いではなく香ばしく
焼き上がった小麦のハードな匂いや、上質なバターで焼き上げた
クロワッサンの匂いでお店は満ちているのでした。
店内ショウケースの後ろにはもう200年くらいはそこにあるの
では?とおぼしき焼き釜が重々しく鎮座してます。
雰囲気にすでにやられてしまい、もうくらくらです。せっかく
なので「2階のカフェで朝食を」ということになり、階段を
あがったそこはカジュアルながらもちょっとしたサロンのよう
になっていて黒い木枠の窓の外には唐草を模した低い鉄柵、さらに
その向こうにはパリの朝の街並が見えるのでした。部屋の壁には
古い銅版画があちこちにかかっていて、中にはパンの製法などを
版画にしてる図版の様な絵もかかっていました。
二階の部屋ではその調度品や壁に長年しみこんでいるだろう
カフェオレの香りが・・・
これだけで食べる前から、星三つくらいつけてしまいそうな
感じです。

メニューには私好みのシンプルなセットが並びます。
定番王道のクロワッサンとカフェオレ(または他飲み物)
フィセル(ちょっと記憶が不確かです)というほそーい短い
バケットにジャムとバターをはさんでいただくサンドと飲み物
もう少しボリュームのあるセットもありました。
(確かオムレツなどがついていた様な・・・)
私はフィセルとカフェオレを注文したのですが、パンそのものの
味が本当に噛み締める程美味しくて、日本で食べてるそれと何が
違うのか・・小麦か水か、それともこの雰囲気のせい?パン職人
の秘技の成せる技?とにもかくにも、いままでのパン人生って一体・・・という至福の味でした。
カフェオレも素晴らしくてその2階のサロンに今すぐ住みたい
くらいの、パリ好き指数倍増(それだけで)の素敵なパン屋さん
でした。

お土産には紙の箱に無造作に詰め込まれたマカロンを買って帰り
ましたがこれがまた甘すぎず、東京でいただいくマカロンとは
やっぱりどうしてもちがう。シンプルな包装のところがまた
よかったです。

あとで調べたのですが、PAULのパンはコントレックスのお水を
使って全て練ってるそうです。小麦も全て契約農家のを使用して
るのだとか。

その後うれしいことに、日本にもPAULどんどん上陸してますよね。
まだ「近所」と言える所になくってそれが寂しかったのですが、
ちょっと前に品川駅構内の「エキュテ」内にできてる事を知り、
喜びが再び。あそこなら改札出ずに買えるし、まぁまぁ家から
買いに行ける圏内なので。お店の雰囲気はパリのそれには遠く及
ばないもののこの週末買ってきたバケットと黒オリーブのパンは
やっぱりおいしかったです。
日本のPAULもコントレックス使ってるのかなぁ・・・そうだと
信じたいです。

本店のHPはこんな感じ。やっぱり素敵です。
ここに日本での支店ものってます。結構たくさんありました。
http://www.paul.fr/

そして行ってみたいのが丸の内にできたお食事もできる「PAUL」
オムレツもキッシュもあるし、さすがワインもありますよ!
そしてどうやらマカロンも置いているみたい。品川や二子玉川で
チェックしたときはたまたまなのか置いてなかったのに。
ここ、ぜひ行ってみたいです・・・
どなたか私と行って一緒にワインのみませんか?
あれワインになってる(笑)

http://r.gnavi.co.jp/a077202/

祖母のソナチネ

2日から実家に戻ってました。
実家の隣には94歳の祖母が一人で住んでいます。
弟と一緒に亡き祖父にお線香をあげがてら、祖母の顔を
みに行きました。
祖母が赤いバイエルの曲を聴かせてくれたのは去年のお正月でした。

私が子供の頃、祖母はよく私にオルガンを聴かせてくれました。
そのオルガンは明治時代につくられたもので、鍵盤は象牙でできてい
いてパイプオルガンのように引き出すキーがいくつもついた、
豪華で素敵な代物でした。
当時の祖母のオハコは「エリーゼのために」でした。
私はそんな祖母にあこがれて、祖母に紙に書いた鍵盤でピアノを
教えてもらい、じきにピアノ教室に行き始めたのでした。
(指の力が弱かったため、バイエル終了と同時に同じ先生が教え
ていたエレクトーンに転校させられてしまいましたが)

祖母のオルガンは私にとって特別な大切なものだったのに、
20代のある日実家にもどったら音楽を全く解さないうちの
両親によって老朽化が激しいその楽器は骨董家具としてたった
の3000円で骨董品屋に売られていたのでした。
信じられませんっ!欲しかった・・・せめて家具としてでも。
当の祖母ももう楽器としては殆ど機能しないそのオルガンを
捨てるしかないと思っていた様なので致し方ないのですが・・。

そんな祖母が再び鍵盤楽器に出会ったのは2年前の92歳の時。
駅前の楽器屋さんのショーウィンドーに飾られてるエレピアノを
みつけたとたん、欲しくて欲しくて仕方なくなったのだそうです。
何日か悩んで、私の両親に相談し、それならば買ったら良いじゃ
ないかということになり、めでたく祖母の家にやってきたそうです。

その時のくだりを話す祖母は今でもとても嬉しそうに目を細め
ます。それから祖母は毎日毎日練習をしているのだそうで、
老人会のカラオケの先生に歌の代わりにピアノを教えてもらう
ことにして、レッスンもうけて、楽譜がよく見えないからと
ずっとしぶっていた白内障の手術も去年受け、いつしか
ソナチネを弾くようになっていたのでした。

私たちの前でソナチネの1番と9番を弾いてくれたそぼは
「ちっともうまくないから」と恥ずかしそうでしたが、
とても92歳からピアノを始めたとは思えない程うまくて
私たちはすっかり感動してしまいました。最初は昔ピアノを
ならっていたからすぐ勘が戻ったのかとおもっていたのですが、
祖母曰く、ピアノを習った事は一度もなく、昔私に弾いてくれた
「エリーゼのために」も「あれは耳で聞いて覚えた自己流なの
フフフ・・」だそうで、音大に憧れた事もあったけれど、
戦争が始まってしまってとてもそれどころではなかったのだ
そうです。それを聞いて感動を新たにしたのでした。
私たちなんかまだまだぜんぜん若造で、これから何かやるの
なんてぜんぜん遅くないなぁ・・・とまだまだやれることは
たくさんあるし、ありすぎると。
祖母のソナチネは色々な事を教えてくれたのでした。

祖母はいまソナチネ9番をオハコにするのを目標にしていて
暗譜して弾けるようになりたいのだそうです。理由はテレビを
観ていたらこの曲が流れてきて、とても素敵で憧れたからなのだ
そうです。そう言いつつちゃんと次の曲も練習していてただいま
練習中なのは12番。ほんとキラキラしてて素敵でした。
演奏後の笑顔も最高に愛らしかった。
またこれからもピアノ聴かせてね。おばあちゃん。

welcome New Year

新しい年が明けましたね。
本年もよろしくお願い致します。

2006年は私にとっては忘れる事ができない、つらい事
があった年になりました。夏が終わる頃までは本当に・・・
でも生を与えられてるものとして、前を向いて生きて行く事が
一番なすべきことと信じ、後半の季節を信念を持って
進みました。個展をやったことは精神的に大変だったけれど
同時に精神的に私を救ってくれました。ただ前を向くことに
専念させてくれたから・・。そしてそれに呼応するように
少しずつ「実り」が見えてきた年の後半でした。
この一年、私を支えてくれたたくさんの友人に本当に感謝
しています。友の温かさをこれほど感じた一年はありませんでした。
みんなほんとうにありがとう。

一年の始めなのでちょっとまじめに書いてみました。

そして今年もがんばる!・・・って言ってるそばから
ウィルス性の胃腸炎になって昨日は一日点滴打ってました。
↑やれやれ・・・まぁ厄落としということで良しとしましょう。

皆さま良い一年にしましょうね。