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ようこそ「Celtic Forest」へ

1999年より銅版画を作り始めて以来、ケルトの森をテーマに制作をしています。
多くの秘密や伝説を内包しているケルトの神話、国を持たなかった民族の知恵と信仰、ドルイド、木の暦、口承民話などは私を強く惹き付けました。それらからインスパイアされたケルトの世界は私の中で新しい森をつくり広がっていきます。
Yoko Hayashi

2008-09-25

オフィーリア

  • 2008-09-25 (木)
  • Blog
  • 作成者:Yoko.H

個展が日々近づき、千手観音のような手が欲しい・・・そんな日々です。
http://www.city.obama.fukui.jp/section/sec_sekaiisan/japanese/data/028.htm
ですが、観音様の千の手は民衆を救済するための手なのだそうです。
それを知ってやっぱり私は地道に頑張ろうと思い直したのでした。

そんな中でも外せない展覧会があります。
ジョン・エヴァレット・ミレイ展を観にbunkamuraミュージアムにゆきました。
bunkamura ザ・ミュージアムにて詳細はこちら
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/08_jemillais/index.html/>
<きれいな画像がみられます>

image695.jpg
<オフィーリア。本物はもっとずっときれいです。>

一番の目的はやはりかの有名な「オフィーリア」をこの目でしかとみた
かったからでした。
オフィーリアはあまりに有名で、そればかりに期待を置いて行ったの
ですが、実際行ってみると他の作品のすばらしさに驚嘆しました。

image698.jpg
<わずか10歳にして描いた絵>

まずいきなり、わずか10歳ばかりの時に描いたというチョークの
デッサンに驚かされます。「ギリシア戦士の胸像」は光を影を見事
に描き分けまるでそこに存在しているかのような表現力で描かれ
ています。

ミレイは裕福な家庭に生まれ、才能を見いだした両親に伴われて9歳
の時にロンドンに出てきました。そしてわずか
11歳にしてロイヤル・アカデミー・スクールズへの入学を許可された
のです。裕福な家庭の長男にあって、1800年代にはあり得なかった
画家への道を両親の後押しによってなり得たという
正に「天賦の才に恵まれたものは、運も味方している」
の典型的な例のような人生を歩みだしたわけです。

展覧会を通してみてミレイの凄さをしみじみ体感しました。

オフィーリアのみならず、後に数多く手がけた肖像画など、人物の心の
内面までも描き出す描写力。絵の前に立つとモデルの心情が伝わって
くるのです。

image694.jpg
<「連隊の子ども」兵士によって育てられた孤児を描いたといわれて
います。負傷して眠る子供の人生まですけてみえるようです>

image697.jpg
<「マリアナ」は婚約者の破産により捨てられた女性。本物の画面
ではベルベットの衣装までもが美しく光沢を放ち、そのポーズ、
表情から彼女の失意や内面の鬱憤など様々な感情をよみとること
ができます>

人物だけではありません。オフィーリアを描くにあたりミレイは
写生場所として選んだホッグズミル川沿いを何度も何度も訪れ
スケッチを重ね人物より先にに背景を先に仕上げたそうです。
そのリアルさ!!葉の一枚一枚が存在力をもってそこにありました。
でも消してうるさくないのです。いっさい手抜きのない画面は
本当ならみていて疲れてしまいそうですが、ミレイの構成力と
画力はそう言ったことを凌駕していました。

image702.jpg
<オフィーリアのアップ。気がふれたオフィーリアの恍惚とした
表情がみごとに描かれています>

気がふれたオフィーリアは本当にそこにいて、切れ切れに歌を
口ずさみ今、正に沈み行く・・恍惚とした表情、手をすり抜けて
流れて行く花、生い茂る草花や水草・・全てがドラマチックな場面
としてこちらに当たり前にすっと入ってくるのでした。

image696.jpg
<次男を亡くしたミレイが描いた絵、切れてますが画面右手には一艘の小舟があります>

次男を亡くしたミレイは友人が持つ山荘に隠棲します。
その時、ネス湖のほとりに建つ城の絵を描いています。
「吹きすさぶ風に立ちはだかる力の塔」
波建つくらい湖面。一人の男が一艘の船をその波間にこぎ
だしています。向こうには暗く浮かぶ古城。
この画面からはミレイの心の苦しみや絶望が溢れています。

ミレイの絵は多くを語り時に一枚の場面でなくドラマをみせて
くれます。

晩年になって緻密さからときはなたれた(ターナーほどまでとは
いきませんが)抽象的ともいえる大きな風景画を描くようになる
のですが。これもまた光と影、空気までを見事に表現していて、
しばし私はスコットランドの森の中へと旅をしました。

ところでふと、多くの画家が晩年、抽象的であったり、印象派的な
画面に移行してゆくのは究極の領域というよりはむしろ、現実的な
老眼であるとか白内障であるとかそういったことの所以なの
じゃないのかな・・と最近よく思うのですが・・どうなんでしょうか。
昔はそう簡単に調節したり治したりできなかっただろうし。

最後に図録を買いましたが、ちょっと一言。
あまりに印刷の色が悪いのが残念すぎます。さすがに現物のよう
にとは行かないまでももうちょっとなんとか色校正できなかったの
でしょうか・・・。
ショップで置かれてたイギリス本家テートから出ていた関連本の
印刷がとてもきれいだっただけに悔やまれます。
(こちらはとってもお高かかったので購入は断念しましたが)

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